
夏目漱石のデビュー作「吾輩ハ猫デアル」の装丁や三越呉服店のポスター「此美人(このびじん)」などで知られる橋口五葉(ごよう)の作品を多角的に紹介する企画展「橋口五葉のデザイン世界」が現在、府中市美術館(府中市浅間町1、ハローダイヤル050-5541-8600)で開催されている。
1881(明治14)年に鹿児島市で生まれた五葉は、1899(明治32)年に上京し日本画家・橋本雅邦に入門。同郷の黒田清輝の勧めで洋画に転じると、白馬会洋画研究所を経て東京美術学校に入学した。在学中に長兄を介し漱石と知り合い、「吾輩ハ猫デアル」の装丁を手がけた。イギリス留学経験のある漱石は出版に当たり「美しい本を出したい」と願い、五葉は見事にそれに応え、日本の近代装丁史に大きな足跡を残した。同展では、漱石との交流が深い俳句雑誌「ホトトギス」の挿絵、装丁にスエードを用いた「行人(こうじん)」など両者の関わりを示す作品を一堂に紹介する。
ブックデザインという言葉すらなかった時代に五葉は、表紙・背・裏表紙を一枚の絵に見立てた華やかな装丁を泉鏡花の著書に施したり、「浮草」(ツルゲーネフ著、長谷川二葉亭訳)の見返しや本文に装飾を加えたりして、本を立体的に捉える先駆的な仕事を成し遂げた。
素材へのこだわりや花・小動物などで埋め尽くす華やかな装飾性は、その後の絵画や版画の仕事にも息づいている。会場には、油彩で描かれたついたて形式の「孔雀(くじゃく)と印度(いんど)女」、装飾的な花鳥イメージあふれる「黄薔薇(ばら)」などの絵画作品、石版を35回刷り重ねたぜいたくなポスター「此美人」を展示する。
さらに、五葉は浮世絵研究の成果を生かした「新板画(しんはんが)」の制作に取り組み、「髪梳(す)ける女」などの傑作を生み出した。女性の美しさを柔らかく表現した五葉の「板画」は今も世界で愛されている。
学芸員の大澤真理子さんは「同時代のヨーロッパの美術潮流であるアール・ヌーボーと、琳(りん)派や浮世絵などの日本の伝統。それらが五葉の美意識の下に融合し、唯一無二の作品世界を生み出している」と話す。
大澤さんによる展覧会講座「橋口五葉のデザイン世界」を6月8日14時から、講座室で開く。6月29日には美術史家で同展を監修した岩切信一郎さんを講師に招き、展覧会講座「橋口五葉の生涯」を市民ギャラリーで開く。いずれも参加無料、予約不要。
開館時間は10時~17時(最終入館は16時30分)。会期中は月曜休館。観覧料(コレクション展を含む)は、一般=800円、高校生・大学生=400円、小学生・中学生=200円、未就学児と「府中っ子学びのパスポート」利用者は無料。観覧券に2度目半額の割引券が付く(同展1回限り有効)。前期=6月15日まで、後期=6月17日~7月13日。