6月1日「牛乳の日」、調布市布田にある市内唯一の酪農家・小野一弘さんが経営する「小野牧場」(調布市布田3)の牛舎には、ホルスタイン20頭が並び、毎日約400キロの生乳が搾られている。
小野さんは、1968(昭和43)年に祖父が始めた牧場を継ぐ3代目の酪農家。昭和30~40年代、市内には40軒近くあった酪農家も、今は小野さんただ一人となった。牛乳が貴重品だった幼少時代、祖父が飼い始めた2~3頭の牛の世話を手伝った。当時、餌はおけに入れて運び、搾乳は手搾りだった。平成に入った頃、都市開発の流れに逆らうように、父親が牛舎を増築して牛を30頭まで増やし、本格的に酪農を始めた。
現場で学び実践しながら、さまざまな勉強を重ね続けた結果、酪農技術は向上。現在は、安定した品質で1日あたり400キロの生乳を生産する。同牧場の生乳は、大手乳業メーカーに出荷され市場に並ぶほか、市内の福祉作業所「しごと場大好き」で「調布産ジェラート」として加工、販売されている。近隣の幼稚園や小学校からの見学も受け入れ、子どもたちに牛乳という身近な飲み物について、調布の生産者の立場で思いを伝えている。
父親の勧めもあり自然に家業を継いだ小野さんだが、家族の死や開発の波に直面する度、酪農を辞めようか迷ってきたという。臭いの問題など、家やマンションが建ち並ぶ住宅街に、牛舎を構え続けることはたやすいことではない。しかし出産に立ち会い、母牛が命を懸けて産むこともある子牛を大切に育て上げ、成長した子牛が今度は出産し母牛になると初めて乳が出る。「生乳は生命の循環の中で手に入るたまもので、命の連鎖をそばで見続けているからこそ、このサイクルを断ち切って酪農を辞めることは簡単にはできない」と言う。
小野さんは「コップ一杯の牛乳には、生産者の手間と思いがこもっている。豊かになった時代だが、いつも牛乳が当たり前に飲めるわけではなく、牛を育て世話をする人がいることを忘れないでほしい」と話す。草を食べる牛を優しいまなざしで見つめながら、「自分ができる限りは、命の連鎖を絶やさず酪農を続けていくつもり」とも。