柴崎駅近く、国道20号に面した場所で1906(明治39)年に創業した「神金(じんがね)自転車商会」。当時の菊野台は「神代村字金子」と呼ばれ、その地名から一文字ずつ「神」と「金」を取って店名にしたという。初代の森田福寿郎さんは、街道を行き交う人たちを相手に「げた屋」を営んでいた。あるとき、まだ珍しかった自転車を2台買うと、いわゆるレンタサイクルを始めた。やがて自転車屋が本業になり、118年間続く専門店になった。
現在の店舗は、100周年記念事業で2007(平成19)年に建て替えたもの。4代目の純一さんは幼い頃から自転車に親しみ、高校生のときはサイクリング部の部長も務めた。大学に進むと弓道をたしなみ、石岡久夫師範の付き人をする機会に恵まれた。このとき学んだ「的は鏡」「骨で引く」はサイクリングでも通用する真理で、純一さんにとって人生を貫く姿勢になった。「的を射るときは、射手の心が反映される。体幹を用いて弓を引かないと、矢は飛ばない。何事も小手先では通用しない」と話す。
父親である先代の和也さんと一緒に仕事をしていた時代から、「神金自転車商会」の名は全国のサイクリストの間に広まっていた。それは、同店が製作するフレームによるオリジナル自転車「ペガサス」が愛好家垂ぜんの品だったから。さらに純一さんは、サイクルチームにメカニック(整備士)として加わったり、自身がレースに参加したり、自転車雑誌に連載記事を執筆したりと大忙しだった。
華々しく活躍していた純一さんが50歳になったとき、体がしびれて動けなくなってしまった。難病の多発性硬化症に襲われたのだ。症状によっては、車いす生活になったり命の危険に陥ったりするが、幸いステロイドパルス治療により寛解した。しかし、一時は動けない体になった経験から、純一さんは「売らない自転車屋」に変わったという。「単なる商売なら相手の欲しがるものを売ればいい。しかし、体力の弱い人が重い装備の付いた自転車に乗っても、取り回しができず危険なだけ。荷物をたくさん載せられる三輪自転車で買い物に行きたい人にはルートを聞いて、道幅が十分あるか確認してからライフスタイルに合ったものを提案する。自転車選びで大切なのは、軽くて、楽に乗れて、安全なこと」と熱弁する。日頃から調布市の自転車安全講習に協力したり、調布市と狛江市の「自転車用ヘルメット購入補助金」の企画アドバイスを行ったりしている。自転車は売って終わりではなく、安全に乗ってこそ本領なのだ。
純一さんは現在、地元商店会の会長を務めている。「これまで『しばきた』の愛称で親しまれた『柴崎駅北口商会会』は南口の商店と一緒になり、新たな道を進むことになった。今年5月の総会で承認を受け『柴崎駅商店会』に生まれ変わるので、どうぞよろしく」と笑顔を見せる。折しもこの冬、「しばきた」初代会長だった元木輝昌さんが亡くなり、一つの時代の区切りを迎えた。「後を託された我々が、新しく仲間に加わった南口の商店と力を合わせて盛り上げていきたい。お客さまに親しまれて、活気ある商店会を目指す」とアイデアマンでもある純一さんの口からは、イベントなどの仕掛けが次々に飛び出す。
弓道に「射裡顕正(しゃりけんしょう)」という言葉がある。「的は鏡で、弓を引くとその内面が正しく顕(あらわ)れる」と純一さんは語る。自転車に乗る人、商店で買い物をする人、柴崎駅を利用する人、それぞれの相手と誠実に向き合う純一さんは、人生のマーシャルアーティスト(武道家)でもある。
【神金自転車商会】
住所:〒182-0007 東京都調布市菊野台1-20-5
電話番号:042-483-7531
営業時間:10時~18時
定休日:水曜・隔週木曜