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みん経トピックス

特集

インタビュー2014-08-29

シリーズ【調布の老舗探訪】Vol.1
『おいしいお茶、届けます』-株式会社田中園 店主 田中國男さん

 調布市には数多くの老舗商店があります。本インタビューは、何代にもわたり調布の地に根ざし、商いをされてきた老舗をリレー形式で紹介していく特集の第1回目です。
 今回は、初代から旧甲州街道沿いの調布市布田で100年以上商店を営む田中園の店主、田中國男さんに店の歴史と周辺の変化、田中園のこれからを聞きました。

店主・田中國男さん

■一枚の札が語るお茶屋の歴史。

―田中園のこれまでの歩みを教えてください。

 実は、うちの商店はいつ創業したのかという正式な記録がなく、いつからあるかはよくわかっていないんです。しかも、もともとの代々お茶屋だったというわけでもありません。
 一つ分かっていることは、ここで商店を始めた初代の祖父が初めは「蚕の取引」をしていたということです。
 わが家で昔から大切にしている一枚の札からそのことがわかります。

蚕種製造許可札(表)蚕種製造許可札(裏)
 この札は「蚕種(さんしゅ)製造鑑札」といって、蚕の卵を品種改良し卵を産み付けられた蚕種紙(さんしゅし)の取引を行う許可証です。発行されたのは1887(明治20)年、調布がまだ神奈川県の一部だったころのこと。今から100年以上前の物です。
 もともと布を税として納めていた布の町調布だからこその商売だったのだと思います。そのころはまだ、糸を紡ぐ工場や機織り屋さんが数多くあり、そういったところと蚕の取引をしていたようです。
 戦争が終わり、戦地から帰ってきた私の父に代が変わると、在庫を多く抱える瀬戸物から、回転のいいお茶の販売に力を入れるようになり、お茶専門の「田中園」になりました。当時は、生活の必需品としてお茶を飲む時代でしたから、父は祖父と同じように時代に合った仕事を見つけたのかも知れません。

昔の田中家


■お茶屋を継いだのは、ただお茶が好きだったから

どのような思いで先代から店を継いだのでしょうか。

 子どものころから親の姿を見て、祖母からは「長男なんだから将来は店を継ぐんだよ」と言われ続けました。「まだ子どもなんだから、自分の将来を決められたくない」と店を継ぐつもりはなく、高校も商業科を推されましたが、反発して普通科に進みました。
 でも、大学で友達が一斉に就職活動を始めた時、実際に自分がサラリーマンになった姿を想像できず、商売をしてみたいと考えるようになりました。
 そこで、自分が何をしたいのだろうと振り返ってみると、「お茶が好き」というシンプルな気持ちがありました。小さいころから飲んできた緑茶の味が大好きで、そのおいしい緑茶をお客さんに届けたい、そうなると店を継ぐことが私にとって一番自然な選択肢だったことに気が付きました。
 そうは言っても、外に出ず、ただ店を継ぐことは納得できなかったので、大学卒業後、縁のあったお茶屋に修業に出ることにしました。
 修業の始まりは神戸。寮に住み込みで企業への卸、外回りの仕事でした。次に静岡県掛川。お茶の生産の現場で生産の過程、お茶の選定、流通などを学びました。東京に戻っても修業は続き、北区十条、大手お茶屋さんのメーカーで接客、包装、仕入れなど、中の仕事を身につけ、気付けば13年近くの修業期間になっていました。
 予定よりも長い期間になったのですが、お茶の生産現場からお客さまの手元に届くまでの一連の過程を経験ました。
 うちの店に戻ってきたのは、ちょうど今のビルが建った1986(昭和61)年。新たな「田中園」として、あらためてオープンしました。そのころから店主となり、もう29年になります。

■「火の見やぐら」が駅前にあった頃

お店とともに調布のかいわいはどのように変化しましたか。

ふるさとまつり

 私が店を継いだころ、まだ高いビルはなく、今の調布パルコの目の前の場所には大きな火の見やぐらがありました。道路の拡張工事で間もなく取り壊されてしまうのですが、店からパルコ方面に見える火の見やぐらがかいわいで一番高い建物だったように思います。当時はまだ、タクシー1台がやっと通れるような、舗装もしっかりしていない入り組んだ道でしたから、「調布駅ってどこですか?」と尋ねられることありました。
 イベント事になると通りに大道芸などが出てきて、みんなでそれを囲んで自然と輪ができる、そんな昭和の風景もありました。
 バブルが盛り上がる少し前にパルコができ開発が進み、少しずつ今の調布駅前の街並みに変わっていきました。
 そんな時代の変化とともに、ウーロン茶やコーヒーなどの需要が増え、緑茶は生活必需品から嗜好(しこう)品へと変化していきました。「緑茶が好きだから飲む」という時代に変わっていきました。

■おいしい緑茶を買えるところは意外と少ないんです。

田中園のこれからについて教えて下さい。

 私はお茶屋として、日本の伝統的な飲み物である「緑茶」の魅力をこれからも伝えていく義務があると思っています。
 緑茶を飲む機会が減り、お茶屋の数は全国的に年々減っています。緑茶はビタミン豊富、カテキンはガンの転化作用を抑える働きもあり、殺菌効果も高いので風邪の予防効果もある。とても優れた飲み物です。
 今はペットボトルの緑茶が主流ですが、ペットボトルの緑茶の多くは二番茶、三番茶、一番おいしい一番茶は、お茶の葉で入れた緑茶でしか味わえないということは、日本人でも意外と知らないのではないでしょうか。
 あと、ふと思うことがあります。「うちの店がなくなったら私自身はどこにお茶を買いに行くんだろう」と。もちろん、百貨店などにもいいお茶は置いてあります。でも、「お茶のプロが選んだ、いいお茶を、いい値段で売っている店」というのは意外と少ないのです。遠方から足を運んでくださる方もいらっしゃり、お客さまもそんな思いでうちの店に来てくださるのではないかと思います。
 これからも、お茶のプロとして、おいしいお茶をお客さまに届けていこうと思っています。小売店にもできることがまだまだあります。少しずつ形を変えながらも、柔軟にこの商店の歴史を重ねていけたらと思っています。

田中園店舗

店舗内

■次回は、和菓子店「清風堂」を特集!

―最後に、次回のインタビュー先となる「調布を支える老舗」をご紹介ください。

 1927(昭和2)年創業、昔ながらの和菓子の味を大切にしている調布市布田の「清風堂」、ご主人の宮野さんをご紹介します。

【田中園について】
住所:〒182-0024東京都東京都調布市布田1-32-5
電話番号:042-487-2525
営業時間:9:30~20:00

田中園ホームページ

(取材協力:スポットライト出版

■田中國男さんプロフィール
株式会社田中園 店主 
調布市布田出身、在住。明治時代から始まった、代々の商いを受け継ぐ。お茶屋の店主を志し、13年の修業期間を経て、1986(昭和61)年田中園店主となる。調布市布田、旧甲州街道沿いの「田中園」にてお茶のプロとして、掛川茶・狭山茶を中心とした、こだわりお茶を取りそろえている。

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