―1927(昭和2)年が創業とのことですが、清風堂の歴史について教えてください。
創業以前から縁がある、府中市の「モナムール清風堂」という洋菓子店から名前をいただき、祖父が調布に「和菓子屋」として、「千代富清風堂」(ちよふせいふうどう)を開店したことが始まりです。当時は、お店を続けていく中で、和菓子だけでなく、洋菓子やパンを取り扱うこともあったそうです。
というのも、今のように洋菓子店やケーキ屋、パン屋などそれほど専門店の種類が豊富ではなく、「お菓子」という大きなくくりで、一軒のお店がさまざまな役割を持っていたのです。
パンの大手チェーン神戸屋さんがまだ全国に広がり始める前には、うちのお店でも神戸屋さんのパンを販売していたことがありましたし、父はバレンタインデーという言葉が一般的になる前に、バレンタインデーに合わせてケーキを販売して、お客さまから「バレンタインデーって一体何ですか?」と聞かれることもあったそうです。
それに、日活や大映など映画関係のお客さまからもいろいろなお願いをいただきました。
「映画のワンシーンで使いたいので、大福を作ってください」
「時代劇で使うお団子をお願いします」
など、「映画のまち 調布」の和菓子屋ならではの仕事だったのかもしれません。特に印象深かったのは、直径1メートル以上の巨大な鏡もちの注文です。豪快な方々でしたから、撮影所の小道具さんに特注の三方(鏡餅を置く台)を作ってもらって、お祝いの席に持って行ったそうです。今はもうなくなってしまいましたが、旧甲州街道沿いにあるこの店の周辺には、映画館や釣り堀、スマートボールなどの娯楽でにぎわっていました。映画の関係の方にも、昔から随分お世話になりました。
父のころから、また段々と和菓子専門になり、私の代になって15年、和菓子専門店としてやっています。
―千代富(ちよふ)清風堂というのが正式名称だそうですが、「千代富」という名前にはどのような思いが込められているのでしょうか。
創業時に「調布」をもじって、「千代」に渡って、「富む」(長く栄える)ように願いを込めて名前がつけられたそうです。40年ほど前、父が「千代富」の名前で商標を取り、オリジナルの菓子を作りました。白あんを生地で包んだシンプルなお菓子ですが、長らく皆さんに親しんでいただいています。「千代富」は代々受け継ぐ大事な思いです。
―清風堂さんのように代々、お店が続く秘訣を教えてください。
年々短くなるはやり廃りのサイクルに惑わされないようにしています。自分の作る品をおいしく楽しんでいただければと思い、一つ一つの菓子を作っています。「千代富」や「調布地酒まんじゅう」などの定番商品を軸に、基本的な所は崩さず、商品バリエーションを変えていくようにしています。
―ほかにもお店で大切にしていることはありますか。
年中行事やお祝い事を大切にしています。例えば「十五夜」で考えると、本来お団子を15個、ススキと一緒にお供えして、収穫のお祈りをする。今の世の中で、ひとつひとつ意味を考えながら、やっている人は本当に少ないと思います。
お団子をおいしくいただく日と思っている人も少なくないでしょうし、何もしないという人も多いのではないでしょうか。生活が変わってきた中で、日本の文化が変わっていくのは仕方のないことだと思います。
ただ、私は和菓子職人として、年中行事にも一つ一つ意味があることをみなさんに伝えていきたいと考えています。和菓子は年中行事や冠婚葬祭といった、古くからの生活文化に支えられてきました。
今年の2月に行われた「第一回調布まちゼミ」では、「日本の行事に寄り添う和菓子」というテーマで「年中行事」についての講座を開きました。一つ一つの意味を知ることで、なぜその行事があるのかが分かり、行事への意識の向け方や和菓子の見方が変わっていくのだと思います。今年11月にも予定しているので、これからも「年中行事」について伝え続けていきたいと思っています。
特に大事なのは、子どもの世代に伝えていくことだと思っています。
子どものころから、日本の文化に触れることで、和菓子の良さも一緒に知ってもらえると思います。幸い、最近は幼稚園や小学校のお祝い事で、紅白まんじゅうなど縁起物を注文してくださる所が少しずつ増えてきました。そういった、機会をひとつひとつ大切にしていきたいと思います。
―清風堂への、ご主人の思いを聞かせてください
和菓子職人として清風堂をもっとオープンにして、風通しの良い商店をつくっていきたいと思っています。どんな人が、どんな風に作っているのか、職人の姿を伝えることで、職人の技術で作られている物の良さが伝わると考えているからです。これまで、和菓子の業界は職人があまり前に出ず、お客さまに「顔の見えない存在」だったと感じています。和菓子職人のスーパースターのような人が出てくれば、和菓子に対する世間の認識も変わるのかもしれませんが、少なくとも私自身は積極的に外に出ていきたいと思います。取材を受けることや、まちゼミのような取り組みを地道に続けること、身近にプロフェッショナルがいることで、職人の手で作っているお菓子の特別さを知ってもらえると信じています。
今、全国的にも調布市内でも和菓子屋は少なくなっています。このままでは和菓子は伝統工芸品になっていくかもしれません。冠婚葬祭、年中行事など、和菓子は人の一生に寄り添う物で、和菓子職人は人の生涯に寄り添うことのできる仕事です。私はこの仕事を誇りに思っています。そして、卒業・進学・結婚・出産など、さまざまな場面で人と人をつなぐ和菓子とその文化をこれからも守っていきます。ぜひ、みなさんにもお祝い事の時などは、和菓子屋のことを思い出してもらえたらうれしいです。
※写真は学校用の卒業式等につくっていた和菓子の木彫り型
現在ではこの木型を彫れる職人さんも都内で数名になってしまったそうです。
―最後に、次回のインタビュー先となる「調布の老舗」をご紹介ください。
お客さまの手土産などに、お煎餅や折り詰めを取り寄せていただいていた、調布市多摩川の老舗料亭「竹乃家」さんをご紹介します。
【千代富清風堂】
住所:〒182-0024東京都調布市布田2-40-1
電話番号:042-482-3147
営業時間:9:30~19:30
定休日:火曜日